昭和41年11月07日 夜の御理解



 今日山口県のたびぞの教会の中村先生から日頃の先日からおかげを受けておられる、たことのお礼の手紙が来ております。その一節を読ませて頂きますが、貴所、貴い人と書きます。受け賜りましてもったいなく存じております。どこへ行きましても持ち歩いて拝読させて頂いて間違いなく貴先生の御信念の真意を頂かせて頂こうとうれしく心強く存じております。先生のおそばに御参拝の御信者さんは幸福と思いますと。
 もり守の力によっての、御教え拝読いたします時、私としましては神様にも、信者にも申し訳なく、お詫び申しております。というような一節があります。私から行った手紙をどこへ行くでも持ち歩いておる。まるでお守りさんのように。しかもそれを読ませて、どこにおっても、それを読ませて頂いて、先生の御信念を自分の信念と頂こうと一生懸命です。おそばにおられる御信者さん方、朝晩御理解を頂いておられる、御信者さんがうらやましいと書いてある。
 これは末永さんがまた今日手紙よこしております。最近の心境が目覚ましいように思います。その最後にこうと書いてあります。出会いがたき師に出あったおかげの味を今頂いております、と。出会いがたき師に出会ったと、これはあのほんとにそれぞれを道を体得しょうとして、いわば師匠に遍歴をいたしますですね。けどもこれだけでも師匠としてはと、まぁ評判を聞いてま、参りますよね。
 けれども矢張り、その自分の師匠としてはとこう言う思い、その自分のこれはこの人をという様な師匠が、そうあるもんじゃないです。もうほんとにそういう師匠にね、それこそ得難い師匠にこの出会うたをね、もうこげな力強い、有難いことはないと、最後に結んでおります。それで私がですね、なら、私がならそういう末永さんが言うような、立派な師匠とは思いません。なら私自身が手紙がそんなに立派に、そのかけ守りにしてもらえるごと、そのお道の先生がですね。
 もって回わるほどの大したもんでもないと思うのです。けれども私思うのはですね、そういう精神がおかげを受けるんだと思うんです。ね、自分の頂いておるその師匠にもうまたと得難い師匠に出会うたと。みなさんでもそういう気持ちで椛目に通うて来てごらんなさい、もっと分かり方が違う。なぜってこれ私の信心と大坪総一郎はつまらんけれどもね、私を通して現れてござる神様の働きというものは、そりゃもうどうにもこうにもできない働きが皆さんもご承知のとおりです、漠然と。
 今日も、今日新しい信者がずいぶん参ってまいりました。あっちこっちから。それこそ尋ね求めましてね。今日も夕方お食事させて頂きよりましたら、もうちょうど私が、ここ光昭が座っとりました。私がそっちしゃっち、それこそもう、ごたある気持ちでお礼されるもんですね。ほうこの人はよそで稽古して来てきちゃったばいねと。だからその、どこへ行ってるか明かさんのです。ね、明かしてから、自分の教会のいわば恥になっちゃならんというのです。
 よその教会で信心の稽古をさせて頂きよるもんがです、よその教会にでも行っておかげ頂くと言う様なことでは、その自分の頂いている先生に対してでも相済まんのだけれど、やむにやまれん、どうにも仕様のない事でですね、それで自分の甥が平田製パンというあのパンの運転手をしておる。もうあそこの前ば通る時に、もうほんに寄ろうごとしてたまらんばってんから、ね、そのいろんなあれがあるから、寄れんけれど、どうぞ一辺お引き寄せ頂きたいもんじゃある、・・・もんじゃあるていうて、もう言い暮らしてあるものがいくらでもあります。
 そこでそのたまたま話しておりましたら、あの吉田先生の事が出ました。この方は甘木教会の信者さんでした。大体が甘木の出社が吉田先生だもんですから。吉田先生なんかあなたもう団体参拝して見えますよ、自動車で自分とこの信者も一緒おかげ頂いておりますよ。はそれでそのとにかく、最近あちらのおかげを知ってる訳なんです。もう本当にお父さんが、ああして具合が悪くなられてから、御ひれい地に落ちてしもうとった。それが最近非常に、その御ひれいがまた立っておられるという事をですたいね。
 その椛目の御縁を頂いておられることを、初めて聞いてから、あのま有難いというてそのおられましたがその、問題はそういう頂き方なんです。例えば流石に初代の先生の信心を頂いておられるから違うと思ったんですね。私はどこどこの信者でございますと、こう言うことでおかげ頂ききらんでおりますということは師匠に対して相済まん。けれどもやむにやまれんこの信心の、それが椛目にご無礼でございますけども、どこの教会の者の名も明かさずに相済みませんとこう言われるんです。
 なかなか信心の教導が行き届いておる。来たもんは自分げの先生の悪口を言うくらいです大体は。そいでもう私はもう金光教の信心に飽き飽きしとります。もう家の先生にはもう見限ってきましたと言った様な言い方をするんですね、ここに来ると大概なものが。まあ相手はそんなふうにあるんです。所がそうじゃない親先生に対して相済まんち、それではそれで、どこの教会の者であるという事は、明かしもしませんが、恐れ入りますけれどもというてからその言う、そういうね私は心がおかげ頂く。
 この人は年をとった娘さんを一人持ってるんですよね。もうこの人がどうやってお願いしてもお願いしても、そのよかとこ縁がない訳なんです。そいでもうあっちこっち頼んでお願いしとるけれども、おかげ頂ききらんと。だからこれでけもう一つ親先生に、ま心の中にお許しを頂いて椛目に行って、どこにそのおかげ頂けん元があるかをね、お尋ねしたいと言うて・・・・そいで神様に伺いましたら、あの売り急ぎをするなと。
 また売り払うちゃならんと。もう先生分かりましたち言うてから、もう御理解・・・すぐ分かるとですよね。そりゃもう・・・あるけんであっち頼みこっち頼み、神様に頼みながら、もうてんであっちこっち、先生もうとにかくまるきり、大安売りんごつある。もうこげんところでちっと、世話してくれんのちゅうごたふうで、もう手当たり次第誰んでん頼んでござる。それで・・・・・もうそれで分かりましたち。そこがね、やっぱ長年御理解いただいておる。
 もうほんとに神様におすがりしながら、あの人にも頼み、この人におすがりしとったことが、もうやっぱり・・御座いましょうと。本当に時節を待たせて頂くと言う意味のことをね、言うてあのおられますように、おかげを頂くと言うことは、そんな事だと。ね、例えば自分の頂いておる教会の、師匠の顔にかかっちゃならんと言う様な心がけなんですね。またはなら末永さんが言うておられます、ま私ぐらいなものでもほんとにその有難い師匠に会った事の喜び。本当に私はだいたい手紙は全然書きません。
 たけやま教会の、中村先生なんかちゅうのは、椛目には一回しか参ったことは御座いません。それでももう、ある事情で親教会にもうその、そりゃもう親教会の方からじゃないですけどね、もうそんなら行きもされめえ、また向こう行ったちゃ、どんこんいくまい・・・言うようなことの事件がありましてね、だからもう、孤立してしまったんです。それでま、御修行頂いた教会ではございませんもんですから、ま、三代金光様がもうただの頼りじゃった。
 それでもう何といゃ金光様に直接お願いさせて頂いて、いちいち御返事を頂いて、でなかったらお参りさせて頂いておかげ頂きよった。ところが金光様が亡くなられたからぱったりその縋る・・?所が無くなった。例えばその、お願いをしてから御返事を頂いてくるということが出来なくなった。ね、そこへあの今日参ってきました山口の長田先生のお導きで参ってきたのが始まりでした。それからもう、そりゃなかなか非常に達筆家の先生ですが、もう自由自在に自分の意思を書き現わされる先生ですね。
 きれいな字を書いておられますが。ほいでもうその信者のもう細々しいことまでお届なります。おかげ頂いて、ですから私もう・・・・?おられませんからもう次にはお礼の手紙がくるんです。ところが今度はちょっと返事がいることあがりましたから、私は返事を出させていただいとったら、そのいわゆる得難い手紙を頂いたわけなんですね。始めて頂く手紙ですから、しかもその中にはずっと御理解が書いてございますから、その御理解をどこ行っても読ましてもらう。
 どこ行っても持って歩く。まるっきりお守りかのようにして頂いてから先生の御信念のほどをうかがわして頂いてから、心の、心丈夫な毎日を送らして頂いておるとこう言うんです。それこそお互いの信心のいわゆる頂き方、あんまり足もとにおらして頂くからそれが当たり前のことになっておって、ただ聞くばっかりになっておった。あまり漠然としたことになってかえってその遠隔地の人よりもおかげの受けられないと言ったようなことはないだろうかと、私は思うて見なければいけないと思うですね。
   どうぞ。